晶が学校から帰ると、めずらしく隼子叔母さんが来ていた。もう初冬だというのに、小麦色に日焼けしている。
「こんどは、どこの国へ行ってきたの?」
あいさつ代わりに聞いた。叔母さんは旅行が趣味で、休暇はすべて世界中を旅するために使っているのだ。
「ちょっと中南米にね。はい、おみやげ」
晶は少し用心しながら、お礼を言って受け取った。
隼子叔母さんはいつも、
「古い街のスーベニアショップには、けっこう掘り出しものがあるのよ」と、楽しそうに言うけれど、びっくりさせられることのほうが多いのだ。
この前もらったのは「ドラゴンの卵」という、金色に赤いひびの模様がはいった卵型の置き物だった。夜になると、もくもくとした緑色の煙がたちのぼり、なぜかハーブの香りがする。ひと月くらいたったころ、朝起きると卵が割れていて、
「Diolch」と書かれた小さなカードだけが残っていた。
伯母さんに画像を送って問いただしてみたら、
「それは、ディーオルク。ウェールズ語で『ありがとう』よ。無事に孵化して飛んで行ったのね。緑色の煙ですって? ドラゴンのハーブだから、きっと長生きするわよ。よかったわねー、晶」
「中学生に長生きとか言われてもさ」
「わかった。じゃあ、次はもっと実用的なおみやげにするわ」
という、経緯がある。
(こんどのおみやげは、どんなだ?)
恐る恐る開けた包みから、小さなサボテンのマスコットがころがり出てきた。数は2つで、ストラップがついている。
「えーと、かわいいね。こっちのサボテンのてっぺんに付いている赤いのは、花かな?」
「女の子のほうでしょ。花かリボンね」
「おんなのこ、サボテンなのに?」
すると叔母さんは真顔で、このサボテンはただのミニチュアではなく、縁結びの力を持つグッドラック・チャームなのだと力説した。
「このサボテン人形の片方を気になる相手に渡すと、恋がかなうのよ。そろそろ晶にも、そういう子がいるんじゃない?」
当たっていたけれど、無反応でやり過ごした。
(どうやったら、さり気なく玲花ちゃんに渡せるかな。叔母さんのおみやげなんだよって、軽く言えばいいのかな)
頭のなかで、あれこれ考えてみる。
(普通によろこんでくれるだろうか。それとも迷惑がられるかな。変なヤツとか思われたらどうしよう……)
よくない予想ばかりが浮かんできてしまう。悩んでいたせいか、その夜はなかなか寝つけなかった。
そして、夜明け前に目が覚めた。
静まりかえった部屋のなかで、かすかな物音が聞こえる。晶はそっと起きあがり、耳を澄ました。音は通学カバンのなかでしているようだ。息をひそめて近寄ると、その音がひそやかな話し声だということがわかった。
低い声と高い声。
(あのサボテンたちがしゃべっているみたいだ。日本語でも英語でもない、サボテン語かな?)
言葉の意味はわからなくても、ふたつの声が、甘ったるく楽しげに恋人どうしのおしゃべりをしていることは、晶にだって見当がついた。
「キミたち、ちょっと静かにしてよ。寝不足になっちゃうから」
手さぐりで、カバンのポケットからサボテン人形のひとつをつまみあげると、別のポケットに入れ直した。
安心してぐっすりと眠った晶は、翌朝、カバンの中身を確かめた。
「サボテンがふたつともなくなってる、なんで?」
あわてて隼子叔母さんに電話し、昨夜からのことをすべて報告した。
「それは、まずかったわね。あのおまじないは多分、サボテン人形たちの恋心のパワーを利用したものだと思うのよ。片方を遠く離せば、お互い強い力で引き合うでしょう? それを仕切りを隔てただけの、ひとつカバンに置いたから――」
「何が起きたの?」
「駆け落ちしたのよ!」
とてもうれしそうに、叔母さんはさけんだ。
晶はがっくりとしたまま登校した。
「元気ないけど、どうしたの?」
玲花ちゃんが心配そうに聞いてくれたので、思わず、起きたことをみんな話してしまった。話している途中で、
(これって告白になっちゃうのかな?)と気づいたけれど、しかたない。
「サボテン人形がかけおちなんて、かわいい。晶くんの叔母さん、すてきな人だね」
「そうかな? 叔母さんのおもしろい話なら、いっぱいあるよ」
「もっと、聞きたいな」
玲花ちゃんは、きらきらした瞳で晶を見つめた。
生まれて初めて、晶は隼子叔母さんに感謝した。
それから、困難を乗りこえ恋を成就させたサボテン人形たちの幸せを、心から祈ったのだった。