かきがら掌編帖

10年あまり通っていた童話教室で「宿題」として書いたものに加筆修正して載せています。

酔っぱらう芙蓉(創作掌編)

 上弦君とは、知人の仕事仲間という縁で知り合った。友だちというよりは、一方的になつかれて、相談相手になっているという間柄だ。

 

 今日も、「ナミさんの意見を聞かせてもらいたくて」と連絡があり、ビオ居酒屋で待ち合わせた。花の品種改良の仕事をしている上弦君は、いつもビオやオーガニック、ロハスといった自然派コンセプトの店を選ぶ。

 

 「いい仕事をして、早く先輩たちに認めてもらいたいんですよ」

「そんなにあせらなくても、大丈夫だと思うけど。継続と積み重ねが、効果を発揮するお仕事なんでしょう?」

「でも、アイデアとインスピレーションも発揮したいんです」

 そう言って、リュックからスケッチブックを取りだした。

 繊細で緻密なタッチで描かれた、酔芙蓉の絵だった。朝に白く咲いた花が、時間の流れにしたがって、淡いピンク色から紅色に変わっていくさまを、コマ送りの手法で表現している。

 

 ナミが酔芙蓉の名前と、その由来を知ったのは、つい最近のことだ。

「ふしぎな花よね、お酒に酔うみたいに色が変わっていく」

「そうです。咲いたその日のうちにしぼんでしまう一日花だからこその、はかなさと美しさですね」

 ナミは酔芙蓉の絵を鑑賞しつつ、ビオ・ワインをゆっくりと味わった。

 

「それでですね、まずはこれ」と言って、上弦君がスケッチブックのページをめくる。描かれているのは、真っ白い酔芙蓉だ。

「白いまま変わらない、素面(しらふ)芙蓉です」

 なんとなくいやな予感がして、ナミは身じろぎした。おかまいなしに、ページは次々とめくられていく。

「こっちの青白いのは、下戸(げこ)芙蓉です。お酒飲めない人が無理に飲むと、こんな顔色になるじゃないですか。それから、紅色を通り越して真紅に染まる、フラッシャー芙蓉」

「なに、フラッシャーって?」

「お酒を飲んで顔が赤くなることをフラッシング、そうなった人をフラッシャーと言うんです」

 解説しながら、次のページを開く。

「黄色の、トラ芙蓉。ほんとうは、花弁の筋にそって、黒っぽいしま模様が入ると完璧なんですが、技術的にむずかしいんです。斑点ならできそうな気がするけど、それだと豹になっちゃうし――。ナミさん知ってます? 大酒飲みのことをトラって言うんですって」

「知ってます」

 

 おしまいに上弦君が掲げてみせたのは、見開きいっぱいに描かれた酔芙蓉の花畑だった。

 白、濃淡のピンク色、紅色、真っ赤、薄い青、黄色。カラフルでにぎやかな酔芙蓉たちが咲き乱れている。ナミは腕組みをして、軽くあごを引いた。

「きれいだし、おもしろいよね。でも、なんとなく、大切なものが失われた感じがする。あっ、聞き流してね。あくまでも個人的な感想だから」

「ナミさんの率直な感想こそ、ぼくは聞きたいです。その大切なものって、なんでしょうか?」

「そうね、たとえば上弦君がさっき言ってた、はかなさとか」

「でも、ナミさん。こっちの酔芙蓉だって、一日花であることに変わりはないんですよ」

 それはそうだと、ナミはうなずいた。どんな色であっても、1日だけの命を精いっぱい咲かせている花に、はかなさが無くなったと文句をつけるのは、勝手な思い込みなのかもしれない。

 

 それでもやっぱり、微妙な何かが失われているという感覚も、確かにあるのだ。

 グラスを傾けながら考えているうちに、ほどよく酔いがまわってきた。すると、誰かが通りすがりに投げ込んでいったみたいに、言葉が浮かんだ。

「そうだ、ほろ!」

 おとなしく返答を待っていた上弦君が、目をみはる。

「ほろ?」

「そう! ほろ酔いの、ほろ。この絵の酔芙蓉は、ほろ酔いのほろがとれて、酔っぱらっちゃってる。そこが残念だわ」

 

「そうですか……」

 上弦君は、今ひとつ釈然としない表情でうなずいた。

 そして、テーブルに置かれたままになっていたオーガニックの地ビールを、ほろ苦い顔で飲みはじめた。

  

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