夏風邪が長びいたせいで、礼美はもう5日も学校を休んでいます。
最初の2日間は、お母さんがつきっきりで看病してくれたし、おととい、昨日はバトンタッチしたお祖母ちゃんに甘やかされて、小さな子どもに戻った気分でした。
けれど今日は、朝からひとりで留守番。礼美は退屈していました。
息をしているだけでも苦しかった病状はおさまって、昨日までなら、いくらでも眠れたのが、今朝は横になったまま時間を持てあましているのです。
まだ力の入りきらない体を起こして、リビングルームへ移りました。
大きな掃き出し窓から入ってくる日差しは、カーテン越しでもまぶしいほどです。
それなのに礼美の心は、なんとなくしずんでいました。
(こんなに休んでしまったあとで学校へ行くの、気が重いなぁ)
窓から顔をそむけると、キッチンカウンターに置かれた見慣れない小瓶が目にとまりました。
レトロなインク瓶のような見た目だけれど、持ちあげると軽く、プラスチック容器だとわかります。
ラベルを読んで思い出しました。
魔女のシャボン玉
当たり付き!
昨日、お祖母ちゃんが帰りぎわに、
「これ特注品なのよ。明日はひとりでつまらないでしょうから――」
と、置いていってくれたのです。
(好奇心いっぱいなお祖母ちゃんのおみやげだから、ふつうのシャボン玉じゃないだろうけど、「当たり付き」って?)
首をかしげながら、それでもすっかり遊ぶ気になって、礼美は窓ぎわまで椅子を運びました。
大きく開けた窓から、光と風が入ってきます。
ストローを吹くと、シャボン玉がひとつ、またひとつと、きらめきながら空に飛びたっていきました。シャボン玉遊びにちょうどいい日です。
ゆっくりと吹いて大きなシャボン玉にしてみたり、吹き方をかげんして小さな玉をたくさんつくったりしていると、時間がたつのを忘れるほどでした。
(あれっ、このシャボン玉、なんとなく今までとちがう?)
すいこまれていくような不思議な感じがして、礼美は身をのりだすように体をかたむけながら、フッと息を吹きこみました。
耳もとで風が鳴っています。
気がついたときには、空に浮かんでいました。まるくて、透きとおっていて、とても自由です。
うしろをふりむくと、窓辺で椅子の背にもたれて眠っている、自分のすがたが見えました。
(これが当たり!のシャボン玉なんだぁ)
謎がとけたのがうれしくて、いつもの心配性は引っこんでしまいました。風をつかまえるように乗って、高く飛んでいきます。
大きな空の下に広がる町は、生まれたてのようにかがやいていました。公園の木々の緑や、花の色が、はっとするほどあざやかです。建ちならぶ家の屋根は、まるで、読んでいる途中でふせた本のようでした。
にぎやかな商店街を越えると、小学校の校舎が見えてきました。ちょうどお昼休みの時間です。礼美は校庭の上空を横切って、自分の教室の窓を目ざしました。
(クラスのみんな、どうしてるかな?)
カーテンのわきにふわりと止まり、なかをのぞきこみました。
教室のうしろのほうで、何人か集まってしゃべっています。礼美と仲のいい、さくらちゃんやヒロキくんのすがたも見えました。みんなの楽しそうな輪のなかに、自分の居場所はもうなくなっている気がして、礼美は少しさびしくなりました。
(こなければよかった)
光をはじいてきらめいていたシャボン玉は、飛ぶ力をなくして、ただようように落ちていきます。
その時、だれかが言いました。
「礼美ちゃん、早くよくなるといいね」
「そうだね」
「今日また、おみまいにいこうよ」
「うん」
うれしさで胸がいっぱいになったいきおいで、シャボン玉は、はじけて消えました。
礼美は、リビングルームの窓ぎわで目をさましました。
(あの声は、さくらちゃんだったわ。それから「うん」って答えてたのはヒロキくん)
ほほえみながら手もとを見ると、シャボン玉の小瓶は空っぽになっていました。
さいごのさいごに、当たり!が出たようです。