真夜中に、ふと目がさめた。
(何か、音がしたかな)
耳をすますと、庭の方から話し声が聞こえてくる。針が落ちる音のような、小さな声だ。
「――それから、ミドリ町のミドリ公園では、二日前に殺虫剤が散布されました。皆さん、しばらくのあいだ注意して下さい」
そんなことを言っている。
私は横になったまま、聞き耳をたてた。
「以上で、今月のお知らせはおしまいです。他に何か発言したい方はいらっしゃいますか?」
「はい、議長」
と、声がかかる。
「近頃、落とし穴を掘るという、嘆かわしいいたずらがはやっています。これは、私たちが先月の集会で、地面を歩くことの大切さを訴え、これからは歩けるところは飛ばずに歩きましょう、と提案したことに対する嫌がらせにちがいありません」
「落とし穴ですって? その報告はまだ届いておりませんでした。誰か落ちて怪我などしていないといいのですが」
議長が心配そうに尋ねた。
「それは、まだありません。しかし、落ちなかったからいい、という問題ではないのです。これが危険な悪ふざけだということにかわりはないのですから」
すると、別の方から、からかうような声が聞こえた。
「おおげさだなあ。落とし穴のどこがそんなに危険だっていうんだい。もし落っこちたとしても、飛んで抜け出せばいいだけじゃないか」
「そうよ、歩いているばかりいるうちに、羽があることを忘れしまったんじゃないの?」
挑戦的な発言をきっかけに、おおぜいが口々に言い立て始めた。
「なんですって!」
「そっちこそ、すっかり足が弱って、ふらふらしてるくせに」
「足がなんだ。羽さえあればどこでも行けるじゃないか」
どうやら、歩くのが好きな「地面派」と、飛ぶのが好きな「空派」が半々くらいいて、たがいに一歩もゆずらない様相だ。
(おもしろいな。なんだか、大騒ぎになってきたぞ)
といっても、風がさわさわと草むらをゆするくらいの音だったけれど。
「歩くことも、飛ぶことも、両方大切なんじゃありませんか」
ひときわ高く、議長がさけぶと、いっせいに抗議の声があがった。
「両方なんて、ダメだよ」
「そうよ、そんなのずるいわ」
「そうだ、そうだ!」
すかさず、議長が、
「ようやく皆さんの意見が一致しましたね。それでは、今夜はこれで閉会!」
と、告げる。
気勢をそがれた感じの笑い声もおきて、集会はにぎやかに解散した。
翌朝、庭を探してみると、小指でつついたような、小さな落とし穴がいくつか見つかった。
そのうちの一つに、テントウムシが一匹落っこちていた。仰向けに落ちたせいで羽が広げられず、足をジタバタ動かしている。
私は、小指の先にそのテントウムシをとまらせて逃がしてやった。