かきがら掌編帖

数分で読み切れる和風ファンタジー*と、読書・心理・生活雑記のブログです。

ミニ間リスト

ミニマリストさんの記事を読むのが好きです。

あの境地まではとうてい行き着けないけれど、もっと物を減らしたいとは思っていて、自分なりに実行してきました。

最近では、存在することを忘れていた物(あ、こんなのとっておいたんだ、みたいな)を発見したら捨てる、というマイルールを作りました。加齢とともに、もの忘れが多くなるので、今後ますます有効なのではないかと期待しています。

 

とはいえ、まだ使用可能な物を処分するとき、どうしても心理的な葛藤がおこります。

「もったいない」という心の声が、捨てようとする手を引き留めるのです。

そういう場合、私は、もったいながる自分を説得するために、ちょっとずらした「もったいない」で返してみるという方策をとっています。

「いつか使う時が来るかもしれないのに、もったいない」には、「いつかより今。今を優先しないほうが、ずっともったいない」

とか、

「いくらも使っていないのに、気に入らなかったからといって捨てるのはもったいない」には、「気に入らないモノをがまんして使う心のエネルギーのほうが、もったいない」

などです。

たとえこじつけでも、かなり罪悪感をなだめられます。

 

半年ほど前に引っ越してきた部屋は、とてもコンパクトなのに家賃が高く、スペース単価がはねあがりました。

そうなると、場所をとることが最強の「もったいない」に変わってきます。なんといっても、自分の居場所を確保しなければなりません。

狭小な住空間で、必要であり気に入っているモノだけしか持たず、身軽に暮らしていけたらと思っています。

 

すなわち、

ミニ間リスト(落)

 

 

 

闇夜のカラス会議(創作掌編)

 寝入りばな、美里はカラスの声で目をさました。

 近くにある公園には木が生い茂っていて、カラスが巣を作っている。朝晩、呼び交わすように鳴く声は、普段から聞きなれていた。

(こんな夜遅くにめずらしい。カラスって鳥目じゃないの?)

 不思議に思って耳をすます。

 

 自分ではよく覚えていないけれど、美里は幼いころ、カラスのことばを聞きわけていたそうだ。

「あれは、オハヨウ、いまのは、サヨウナラ」

 などと、得意そうに通訳していたらしい。そのうち、母が美里の音感のよさに気づき、ピアノを習わせた。

 20数年たって、音楽教室のピアノ教師をしているわけだから、好きな音楽を仕事にできたのは、カラスのおかげといえなくもない。

 

 子どもから大人になっていくあいだのどこかで、カラス語を忘れてしまった美里だけれど、今夜のように、鳴き声にじっと耳をかたむけていると、

(なんだか会議でもしているみたい。みんなで真剣に議論してる)

 そんな気がしてくる。

 だとしたら、いったい何を話し合っているのだろうと、あれこれ想像しているうちに、いつのまにか眠ってしまった。

 

 あくる朝、起きたばかりの美里は、また、カラスの声を聞いた。

 昨夜と違い、声をそろえて鳴いている。

――カラス、カラス、カラス!

 はっきり、そう聞こえる。

――カラフル、カラフル、カラフル!

 と、鳴いている一団もある。

 ふたつのパートに分かれたカラスたちが、掛け合いのコーラスでもしているみたいに、「カラス」と「カラフル」を交互に繰り返している。

 ひとしきり続いた鳴き声がやむと、歌のリフレインのような響きが耳に残った。出かけるしたくをしているあいだも、しばらく消えなかった。

 

 音楽教室の仕事のあと、美里は近所のデイサービス・ミモザに寄った。

 ミモザは、お年寄りにいろいろなサービスとレクリエーションを提供する地域の施設で、来月行われる「いきいきミモザ・フェスタ」というイベントの打ち合わせに呼ばれていたのだ。

 ときどきピアノ伴奏のボランティアをしている美里は、スタッフの一員に数えられている。フェスタ恒例のミニコンサートで、童謡や唱歌、なつかしの歌謡曲のなかから、どれを選ぶのか意見を求められた。

「今年は、あらかじめ利用者さんたちにリクエストしていただき、その中から人気のある曲を選んだらどうでしょうか」

 と提案すると、チーフ介護士の梅乃さんがすぐに賛成してくれた。

 

 次の議題は、バザーで販売する手のひらサイズのぬいぐるみについて。

 ミモザのスタッフや利用者さんでつくっている手芸チームの腕前は確かで、手作りぬいぐるみの模擬店はフェスタの人気企画だ。

「去年は、野菜のぬいぐるみが大好評だったけれど、今年はどうしようか……」

 みんな首をひねって考えている。

 美里は、ふと今朝のリフレインを思い出し、遠慮がちに手をあげた。

「鳥はどうでしょう。たとえば、色とりどりの、カラフルなカラスとか?」

 すると、意外にも同意してくれる人が多かった。

「おもしろいわね」

「まるっこい形にしたら、きっとかわいいわよ」

「じゃ、今年はカラスでいきましょうか。賛成の人は?」

 あっさり決定してしまった。

 

 

「いきいきミモザ・フェスタ」はお天気にも恵まれて大盛況だった。

 カラフルなカラスのぬいぐるみも、飛ぶように売れた。

 ミニコンサートでは、さいごに伴奏した「ふるさと」が、会場にいた人たち全員の大合唱になった。拍手がおさまらず、アンコールまでやった。アンコールのリクエストが集まったのは、

――カラス なぜなくの

 で始まる「ななつのこ」だ。

 

 フェスタのお客さんが帰っていったあと、残ったスタッフで片付けをした。心地よい疲れと、無事に済んだ安堵感で、なごやな雰囲気だった。

 突然、そばにいた梅乃さんが声をたてて笑いだした。

「町会長さんの、あの困りきった顔を思い出したら、なんだかおかしくって――」

「え、町会長さんですか?」

 美里は聞き返した。たしかに、町会長さんは見かけた。威厳のある、押し出しがいい人で、3人のお孫さんたちにかこまれてにこやかにしていた。

「そうよ。あの方、ついこのあいだ町会の集まりで、町からカラスを一掃するって、いきまいていたのよ」

 梅乃さんの言葉に、

「カラスですって?」

「それはまた、どうして」

 みんな、口々に言いながら集まってくる。

「ちょっと前に、カラスが電車にぶつかって止めたというのが、ニュースになったでしょう。そのとき、カラス特集みたいなのがあって、小さな子どもを襲うこともあると放送されたらしいのよ」

「その番組、私も見たような気がするわ」

「町会長さん、それで急にお孫さんのことが心配になったのね。専門の業者に頼んで、カラスを退治しようと言いだしたの」

 梅乃さんは肩をすくめた。

「うちの町内は、それほどカラスが多いわけではないし、過激なことをしなくても、エサになる生ゴミの管理とか地道な対策をとった方がいいと、私は言ったのよ。でも、すっかり前のめりになって、聞く耳持たない感じだった。それが、今日――」

 また、思い出し笑いがこぼれる。

 まわりに集まった人たちのなかにも、「わかった」というようにうなずく人がいた。

「そういえば、町会長のお孫さん、カラスのぬいぐるみを何色も買ってくれたわ」

「楽しそうに『ななつのこ』も歌っていたわねー」

 どうやら、かわいい孫たちがカラスに親しみをもったため、町会長さんの気持ちもゆらいだらしい。

 帰りぎわ、梅乃さんにこっそり、

急がば回れ、ということもある。あなたのおっしゃった地道なやり方のほうが、効果的かもしれませんな」

 と、耳打ちしたのだという。

 みんなで笑い合って、ふっと静かになった瞬間、窓の外からカラスの鳴き声が聞こえてきた。

「あら、カラスもよろこんでいるわ」

「きっと『ありがとう』って鳴いてるんじゃない?」

 梅乃さんがおどけて言った。

 

 美里は耳をすませた。

 たしかにカラスたちは、ひとつのことばを繰り返している。けれど、「ありがとう」という意味ではないようだ。

 カラス語を知っていた幼いころの記憶をさぐっているうち、ぱっとひらめくようにわかった。

 思わず苦笑いがうかぶ

 この鳴き声を人間の言葉に直せば、おそらく、こんな感じだ。

 

 してやったり!

 

 

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カバンが重い

今週のお題「カバンの中身」

 

毎日持ち歩いているショルダーバッグが重い。 

勤め先の近くに引っ越して、「電車通勤中に読むための本」が荷物から減ったけれど、そのわりに軽くはならなかった。

 

中身を確認してみると、以前に整理したこともあって、特に意外な物は入っていない。

 財布(2つ)…現金&各種カード用とクレジットカード用

 携帯電話(2つ)…通話専用ガラケーと格安スマホ

 スマートフォン充電用のマイクロUSBケーブル

 メガネ…コンタクトレンズを使っているけれど、痛くなってはずしたりしたときのため

 化粧ポーチ…最低限のメイク用品と目薬

 医薬品…鎮痛薬、胃痛薬、ばんそうこう

 ハンカチ、ティッシュ、マスク、メモ帳、部屋の鍵、マイバッグ、

 パワーストーンのお守り

 

書き出してみて気づいたのは、予備としての物が多いこと。

携帯電話の2台持ちは、通信費削減の結果だから別として、

財布は、よく使う現金とクレジットカードとを分けておいたほうが、落としたときの被害が少なそう、と考えたから2つになった。

ハンカチ、ティッシュペーパーも忘れたり切らしたりしたとき用に2つずつ、薬も効き目の強弱で2種類ある。

 

心配性といってしまえば、そのとおり。なにかあったとき、不便を感じたり、我慢したりするのがイヤなのだと思う。

不安を解消するための予備が、カバンを重くしていた。

 

「我が物と思えば軽し笠の雪」というけれど、自分の安心のためと思えば、カバンの重さも苦にならなくなるのだろうか。

どうだろうか……?

 

 

ゲンコツ花火(創作掌編)

 雪矢は子どものころから、走ることが好きだった。

 飛びぬけて速かったわけではないけれど、同じ速度でどこまでも走り続けることができた。だから、距離の決まっていないかけっこでは、いつも一番だった。

 

 実業団の長距離選手となった現在まで、ずっと走り通してきたことになる。レギュラーとサブメンバーをいったりきたりの選手生活も苦にならない。走る以外の「仕事」に時間をとられるスター選手より、よほど性に合っていた。

 

コーチングスタッフに誘ってもらえたのね?」

 電話越しの声を聞いただけで、奈都美が満面の笑みを浮かべているのがわかる。けれど、雪矢自身はそれほど喜べなかった。

「プレイングコーチなんて聞こえはいいけれど、要するに選手としては期限切れってことさ。寮も出なくちゃならないし、いろいろ責任も増えるし、めんどくさいことばかりだよ」

 奈都美は沈黙した。

 

(まずい、あきれ果てたヤツと思われたか?)

 高校の陸上部で、頼りないキャプテンだった頃、マネージャーの奈都美にはずいぶん助けられた。以来、頭が上がらない。

「軽く打診されただけで、まだ何も決まったわけじゃないからさ。この話はもういいんだ。それより奈都美の花火、見逃さないから。がんばれよ、気をつけてな」

「ありがとう。第2幕の開始早々だからわかりやすいと思う」

「だいじょうぶ、応援してるよ」

 再びエールをおくって、電話を切った。

 

 奈都美が父親の花火工場で、花火師見習いとして働きだしてから10年になる。一度見学させてもらったことがあったが、危険と隣り合わせの厳しい仕事だ。

「やっぱり、私にはむりだったみたい。もう、やめてしまおうかな」

 涙まじりの声で打ち明けられたのはいつのことだったか。

「そうだね、むりすることないよ。だけど、やめるのは明後日にして、とりあえずあと1日だけがんばってみたら?」

 と、雪矢は答えた。

 奈都美は、あと1日、もう1日とがんばりぬいて、とうとうオリジナルの創作花火を作らせてもらえるところまできたのだ。

 

 

 花火大会は、陸上部の寮からよく見えるので、当日は屋上が開放される。毎年のことながら、開始前からお祭りさわぎになっていた。

(まわりに気をとられて、万が一にも見逃したら大変だ)

 屋上ではなく、一人で外階段から見ることにした雪矢は、上の方から降ってくる、仲間たちの笑い声を、階段の手すりにもたれて聞いていた。

 

 突然、大きな音がひびきわたり、夜空に光の花が咲いた。花火大会が始まったのだ。

 盛大に打ち上げられる、色あざやかな花火をながめながら、ぼんやりと思いをめぐらせた。

(ただ走ることだけ考えていればよかった暮らしも、もうじきお終いか……。いちばん高いところで、いざぎよく燃えつきてしまえる花火がうらやましいよ)

 思わずため息が出た。

 

 そうしているうちに、奈都美に教えられたプログラムの順番が近づいてきた。雪矢は背すじを伸ばし、目をこらして待った。 

 

 真っ白にきらめく光が、雪の結晶のかたちに広がった。銀色の尾をひき、舞いおどりながら散っていく。

 次から次へと打ち上げられると、つかの間、夏の夜空に光の雪が降りしきったように見えた。

 まばたきもせずに、雪矢は見つめていた。消えていく花火の雪を、さいごのひとひらまで見とどけようと、身をのりだす。

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 すぐに、別の花火があがりはじめた。

 けれど雪矢は、少し離れた空の一点を見ていた。そこには、奈都美の花火から飛び散った光の粒がひとつ、まだ消えずにまたたいているのだ。目をはなすことができず見入っていると、光がだんだん明るくなってくるように感じられた。

 それが、想像を超えるスピードで近づいてくるせいだと気づいたときには、もう、輝く光のかたまりが目の前までせまっていたのだった。

 

 額を直撃された雪矢は、両腕で頭をかかえてうずくまった。きつく閉じたまぶたの裏に火花が散り、キーンと耳鳴りがする。

 一瞬の後、なにもかも静かになった。

 空白と静寂のなかを雪矢は漂っていた。そして、思いがけない光景をかいま見たのだ。

 

 見覚えのあるその場所は、花火工場の作業部屋だった。花火師が精魂をこめて作りあげた花火の玉が、並べて置いてある。

 携帯電話を握りしめた奈都美が入ってきた。目が怒りに燃えている。

「いつまで待たせる気なの。もう知らないからね、雪矢!」

 と、鋭い声で言った。

 

 続けざまに大砲を打つような音が、空気を震わせる。階段に座りこんだまま目を上げると、手すり越しに見える夜空には、まだ、花火が上がっていた。

 

 あのとき作業部屋にあった花火のひとつが、奈都美の怒りを預かったのだろうか。まるで流れ星のように空を横ぎり、雪矢めがけて一直線に飛んできた。

 ヒリヒリとした額の痛みにせかされるように、雪矢はいきおいをつけて立ちあがった。

(花火大会が終わったら、奈都美に電話しよう。どうしても会って伝えたいことがあると言おう)

 

──待ってくれていることに気づかなくて、ごめん

 

 

 

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ほおずきの灯り(創作掌編)

 日が暮れるのを待って、和奈は新盆の白い提灯に火をともした。

 窓辺に提灯をつるしてから、母に声をかける。

「次は、迎え火だね?」

 母は小さくうなずいたけれど、立ちあがろうとはしなかった。

 

 和奈はひとりでベランダに出ると、用意しておいた迎え火をたいた。マンションの7階なので、煙を気にしながら、ささやかに火をたくことしかできない。

(こんなに小さな迎え火で、お父さんに見えるのかな……)

 心もとない気持ちで、くすぶりながら燃える火を見つめた。

 

 父が亡くなってから半年になる。頑固で口下手だった父を、いつも笑顔でささえていた母は、ずいぶん寡黙になってしまった。ついこのあいだ、季節はずれの風邪をこじらせて寝ついてからは、一日中ぼんやりしていることが多い。

 そんな様子をみていると、父だけではなく母までも、手の届かないところへ行ってしまいそうで哀しくなる。

 

 迎え火を終えて居間にもどると、うす暗い部屋のなかで、母の背中が小さく見えた。電灯のスイッチを入れようとした和奈を、母が振りむいて止めた。

「まだ、点けないで」

「あ、そうか。提灯の火が消えてないね」

 となりに座り、盆提灯を見あげる。気を引きたてるように話しかけた。

「明日は、お姉ちゃんも一家でやってくるから、にぎやかになるね」

 

 母は黙って祭壇を見つめている。盆飾りは、和奈がスーパーマーケットで、一揃いになっているものを買ってきた。付いていた説明書をたよりに、ひとりで盆棚をととのえたのだ。

 ふと、母の手もとに目をやると、大切そうに何か持っている。

「お母さん、それなぁに?」

「ほおずきよ」

 あざやかな朱色のほおずきが、手籠に盛ってある。それを両手で包みこむようにして、ひざの上に置いていた。

「いつのまに買ってきたの?」

「今日、和ちゃんが、お仕事に出かけているあいだ」

 ひとりで買い物に行くほど、元気を取りもどしてきたと知って、和奈は少し明るい気持ちになった。

「母さんの実家の方では、新盆には、ほおずきをたくさんお供えするのよ。ほおずきは『鬼の灯り』といってね、ほら、こんなふうに――」

 声につられて、肩ごしに手籠のなかをのぞきこむ。

 母はやさしくはげますように、ほおずきをゆすった。

「ほら、ね」

 すると、ほおずきのひとつひとつが、まるで内に火をともしたように輝きはじめたのだ。

 

 和奈が息をのんで見つめるうち、ひとつの実から小さな光の球が、ぽっとゆらめき出た。

 ひとつ、またひとつ――。あたたかな金色の光が、ほおずきの実をはなれて浮かびあがっていく。光の球は、あかあかと部屋を照らしながら輝きを強め、次から次へ窓ガラスを通りぬけると、夕暮れの空にちらばっていった。

 そして、星座のように、ひとつの形をつくったのだ。

 

「あれは、舟だわ」

 ほおずきの灯りにふちどられた舟が、きらめきながら浮かんでいる。

 耳もとで母が歌うように言った。

「お父さんを乗せて帰ってくる舟よ」

 

 和奈は思わず、我が家のしるしになってくれる白提灯に目をやった。なかのロウソクが、今にも燃えつきそうだ。炎はひとしきり大きくのびあがったと思うと、すうっと小さくなった。

 それにつれて、空に浮かんだ舟の灯りも薄れはじめたように見えた。

 

「お父さん!」

 和奈は窓に飛びついて呼びかけた。

 伝えたいことがあるのだ。伝えたくて伝えられず、ずっと心の底にわだかまっていた思いだった。

「お父さんをがっかりさせてばかりでごめんね。お姉ちゃんみたいに、自慢の娘になれなくてごめんね」

 唇をかみしめて、ほおずきの灯りが消えたあとの空に目をこらした。

 

「和ちゃん」

 振りむくと、母がやわらかく微笑んでいた。

「だいじょうぶ。和ちゃんの言葉は、ちゃんとお父さんに届いたわ」

「でも、舟は途中で消えちゃった」

「あら、もう無事にお帰りになっているわよ」

 和奈は子供のように、こぶしで涙をぬぐい、母のそばに戻った。ふたりで新盆の祭壇に向きあう。

 

「さいごに退院した後、お父さんとはずいぶんおしゃべりしたのよね。無口だった分を取り戻すみたいに、よくしゃべっていたわ」

「そうだったの」

「何度も言ってたわよ。和奈は自分がやりたいことを見つけてがんばってる、それでいいんだって。お父さんと私にとって、どんなときも、あなたは自慢の娘よ」

 和奈は胸をつかれた。写真のなかで父は、苦笑しているようにも、照れているようにも見える。

 母がいたずらっぽい表情になって、写真の父に話しかけた。 

「私もあなたのお世話はしつくしたから、今度は自分のやりたいことをしようかしら」

 

 久しぶりに見る母の生き生きとした顔に、ほっとしながらたずねた。

「お母さん、何かやりたいことがあるの?」

「それは、これから見つかるのよ」

 

「見つける」のではなく「見つかる」というところが、楽観的な母らしくて、和奈は思わず笑顔になった。

 

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林間学校(創作掌編)

 林間学校の第1日目、真志は初めて、本物のカッコウの鳴き声を聞いた。

(ほんとに「カッコウカッコウ」って鳴くんだなぁ)

 と、感心する。

 

 夕食後、先生のお話や注意事項を聞くために集合したレクリエーションルームでは、正面の目立つ場所に、大きな額がかかっていた。

 5つの漢字が筆書きされた、不思議な書だ。

 ずいぶんと縦に長い「気」、丸文字のような「心」、横向きに倒れた「腹」、そして、大きな「人」という字の下には小さな「己」の5文字。

  意味を先生が説明してくれた。

「これは、気は長く、心はまるく、腹立てず、人は大きく己は小さく、と読みます。はじめの3つはそのままでもわかるでしょう? あとの2つは謙虚さということを表しています。人としての心がけを、わかりやすく覚えやすく、書き記してあるんですね」

 文字クイズみたいだったから、みんな笑っていたけれど、真志はおもしろいとは思わなかった。

(あの小っちゃい「己」は、ぼくのことをいってるみたいだ。大きな「人」の下で縮こまっている)

 真志は自分でもいやになるくらい、気が弱くて怖がりなのだ。

 

 夜は、大部屋にふとんを並べて敷いた。消灯の時刻をすぎても、クスクス笑いや、ささやき声のおしゃべりが聞こえ、ときどき枕が投げられたりしているうちはよかった。

 懐中電灯を持った先生が、何度目かに見回りに来たあと、だんだんと、まわりのみんなは眠りについていく。

 真志だけが、暗闇に目を見開いたまま、聞きなれない物音や気配にびくびくして、長い夜を過ごすことになったのだ。

 ようやく眠ることができたのは、窓の外がうっすらと明るみはじめたころで、いくらもたたないうちに起床時刻になってしまった。

 廊下の洗面台で順番を待っているうち、耳がキーンとして、目の前が暗くなった。

(ああ、いやだな……)

 あわててしゃがみこんだ。

 寝不足のため貧血をおこした真志は、楽しみにしていた山歩きに参加できなかった。午前中ずっと、部屋で横になっているように言われたのだ。

 

 お昼の時間になると、がらんとした食堂でお弁当を食べた。ほうじ茶を持ってきた施設スタッフの人が、

「具合がよくなったのなら、少し散歩してくるといいわよ。裏の敷地は雑木林になっていて、気もちのいい遊歩道があるからね」

 と、おしえてくれた。

 

 真志は体操服に着がえ、リュックを背負って表に出た。

 昼下がりの日差しは強かったけれど、林のなかに入ると、空気はひんやりとしている。立ち並ぶ木々のあいだを歩いていくうち、しだいに心が軽くなってきた。

 

「おーい」

 風にのって声が聞こえてくる。

 耳をすませて、背の高い木々にふちどられた空を見あげ、視線をもどすと、目の前に女の人が立っていた。

 真志は息がとまりそうになった。いきなり現れただけでもびっくりなのに、その人は先が細くなった袴と、袖のない羽織のようなものを着ていたのだ。

 

「林間学校に来た小学生だろう? ひとりでどうした、迷子にでもなったか?」

  切れ長の明るい目が、まっすぐ見つめてくる。

 真志が声も出せず、首を横に振りつづけていると、

「真志か。良い名前だね」

 体操服の胸もとについている名札を見て、ほめてくれた。

「私の名前は、ソラ。君は仲間とはぐれてしまったの?」

「ちがいます。ぼく、寝不足で貧血おこしちゃって――」

 口ごもりながら、今朝からのことを説明したあと、思いきってたずねた。

 

「おねえさんは、山伏?」

 とたんに、笑い飛ばされた。

「いいや違う、私は天狗だよ」

「天狗! 女の人なのに?」

「女だって、天狗になれる。君の名前みたいに、真のこころざしがあって、一生懸命に修行すればね」

 怪しくて、怖い。けれど、好奇心のほうが少しだけ勝った。

「ソラさん、前は人間だったの?」

「そうだよ。私の師匠だって、普通の人間から天狗になった。師匠の師匠という方は、生まれながらの天狗だったらしいが、そういう天狗は、もう姿を見せないね」

 

 話を聞いているうちに、思ってもみない言葉が、真志の口からこぼれ出た。

「ぼくも、天狗になれるかな」

 ソラは片方の眉をあげて、問いかけるように真志の顔をのぞきこんだ。

「なに、君は天狗になりたいの?」

「だって、天狗は強いんでしょう? ぼくは強くなりたいんだ」

 涙ぐみそうになったから、顔をしかめて何度もまばたきする。

 

「私は、真志と同じくらいの歳から、空を飛びたかった。おとなになって、働いてお金を稼げるようになると、ハンググライダーやスカイダイビングなんかをやってみたよ」

「すごいねぇ」

「うーん、でも、そういうスカイスポーツは、望んでいたものと違っていたんだ。そんな折だね、師匠と出会ったのは。ひとりで夏山を登っていたとき、天翔けるように空を飛ぶ師匠を見つけた。夢中で追いかけて、弟子入りを頼みこんだよ」

 ソラはなつかしそうに目をほそめた。

「天狗見習いとして、師匠について何年も修行した。ようやく、この春、ひとりで自由に修行を続けるお許しを得たんだよ」

「空を飛べるようになったの?」

「いいや、まだ地面から飛び立つという、いちばん難しいところが今ひとつだし、飛行距離も短い。せいぜい、こちらの木からあちらの木へ飛び移るという程度かな」

 

 真志は肩を落とした。おとなになってから、その先何年も修行して、それでもまだほんとうの天狗になれないなんて、気が遠くなるようなことだ。

 

 ソラは、着物の懐から、小さな木の板と、細長い道具を取り出した。

「これはお札と矢立。矢立というのは、昔の携帯用筆記用具さ。こんなふうに筆と墨がセットになっているんだよ」

 筒から出した筆に墨をふくませると、お札に大きく文字を書いて、真志に差し出す。

 受け取ってみると、まだ墨の跡が光る「胆」という漢字1文字だった。力強く、そして、下にいくほど広がっている台形の字だ。

「空を飛ぶばかりが天狗の修行じゃないからね。いいかい、真志。そこに書いたように、胆さえしっかり据わっていれば、たいていのことはなんとかなる」

 

  真志は、レクリエーションルームの額を思い出した。

「ぼくの胆はきっと、生まれつき、すごく小さいんだと思う」

 ため息まじりにつぶやくと、ソラが高笑いした。

「胆に大きいも小さいもあるものか。もって生まれたことに気づいているか、いないかだけだ」

 

 目を見はっている真志にひとつうなずき、わきに立っていた樹の幹に手をかけたかと思うと、ソラは高々と飛びあがった。ひとつの枝から、もっと高い次の枝へ、見る間に駆けのぼっていく。

 はっと、われにかえった真志は、顔を天にむけ、もう姿も見えなくなった天狗に向かってさけんだ。

「ソラさぁーん、ありがとう!」

 

 はるか高みから、声だけが返ってきた。

「──応──」

 

 

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まるごとスイカの夏(創作掌編)

 電車を降りたとき、向かい側のホームに、カコとみーこの姿が見えた。

 急いで階段をかけおり、ちょうど改札のところで追いつく。

 

「ぶーちゃんはバイトで遅くなるって」

 私の報告に、ふたりはそろってうなずいた。

「じゃ、先に行ってようか」

 手土産のケーキや飲みものを買いながら、商店街をのんびりと歩く。福引のテントの前に行列ができていた。学校が夏休みなので、日に焼けた子どもたちが目立つ。

 

 千砂のアパートは住宅地へ入ってすぐのところにある。部屋は2階のつきあたりだ。

 さっき「カギ空けておいたからね(^^)v」とメールがあったので、

「千砂、こんにちはー」

「おじゃましまーす」

 口々に言いながら、一列になって中へ入った。

 

「あれっ?」

 先頭のカコが立ちどまったため、私は肩越しに部屋をのぞきこんだ。

 見ると、千砂が大きなスイカをかかえて、床にすわりこんでいる。

 

「どうしたの、そのスイカ

「さっき、福引で当てちゃったの」

「そうなんだ。こんなおっきいの、まるごともらったって困るよねぇ」

 みんなで、スイカをかこむように腰をおろした。

 

「うん、どうしたもんかと思ってながめているうちに、なんだか子どものころを思い出しちゃった。家族全員で、スイカを食べていた夏のこと……」

 千砂は、スイカに両手をのせたまま、なつかしそうに言った。

「うちは田舎だったから、スイカは井戸水で冷やして、縁側で食べたの。夕方になると涼しい風がふいて、虫の声が庭じゅう立ちのぼるように聞こえてた。よく、お兄ちゃんたちと、スイカの種を飛ばしっこしたなぁ。お父さんが塩をかけすぎるから、お母さんは血圧を心配してたっけ」

 都会のマンション育ちの私には、なんだかうらやましい光景だ。

 

「それから、お祖母ちゃんは必ず、ザシキワラシさんの分だと言って、いちばん甘そうなひと切れをお供えしていたわ」

「ザシキワラシって、あの昔話とかに出てくる?」

「うん、家をまもってくれる子どもの神様なんだって。だから、そのひと切れは、あとでいちばん小さかった私がもらえたんだよね」

「いいね、そういうの。やさしいお祖母さんだね」

 みーこもカコも、遠くを見つめるような目になっている。

「ほんとうに夏らしい夏だったな。でも、もう二度ともどれないんだよね。お祖母ちゃんは、私が高校生のとき亡くなったし、去年、お兄ちゃんが結婚して、家を二世帯住宅にリフォームしたから、縁側もなくなっちゃった」

 しんみりと言って、千砂はうつむいた。いつもの元気がないようだ。しばらく前に失恋したと聞いたけれど、まだ立ち直っていないのかもしれない。

 

「だいじょうぶ。これから来る夏も、きっといい夏よ!」

 ふいに、からりとした声が響いた。

 

 振り返ると、ぶーちゃんがニコニコしながら立っていた。

「あ、びっくりした。いつのまに来たの?」

「さっきからよ。みんなちっとも気がつかないんだもの」

「わー、ごめんね」

 沈んでいた空気が入れ替わったように、千砂の顔も明るくなった。

 

「よーし、全員そろったところで、このスイカの件、かたづけちゃおうよ」

 行動力のあるカコが、立ち上がって動きはじめる。

 テーブルの上にビニールシートを広げ、まな板を置くと、まず、今日食べる分を切りわけた。大きなお皿に盛って、冷蔵庫で冷やしておく。

 まだ半分以上残っているスイカは、皮を切りおとして種を取り、大きめの角切りにする。

「これを小分けにして、冷凍しておくの。ミキサーを使えば、いつでもスイカのスムージーができるよ」

 と、カコが説明した。

「おいしそうだね」

「うん、暑い夏にぴったり」

 しゃべりながら、流れ作業をする。やがて、角切りのスイカをつめたフリーザーバッグが、いくつも冷凍室におさまった。

 

「みんなありがとう。さっき冷やしておいた分、食べようよ」

 手分けしてテーブルの上を片付け、取り皿を並べる。千砂が冷蔵庫からスイカの大皿を運んできた。

 それぞれ席に着こうとしたちょうどそのとき、ドアが開く音がしたから、私たちはいっせいに玄関のほうを振り向く。

 そして、 固まったように動きをとめた。

 

「やったー、スイカだ!」

 部屋の入り口に立って、うれしそうに笑っているのは、ぶーちゃんだ。

 

「え、どうして?」

「いつのまに出ていったの?」

 聞かれて、ぶーちゃんは目をまるくする。

「出ていったって、なに? たった今、来たところよ。バイトが長びいちゃってさ」

 思わずあたりを見まわしたけれど、さっきから一緒にいたはずのぶーちゃんの姿はどこにもなかった。

 あまりにあっけにとられたせいか、怖いという気もちも起こらない。私たちの呆然ぶりを、ぶーちゃんが不思議そうに見ていた。

 

 はっと思いあたったように、千砂がつぶやく。

「もしかして、ザシキワラシさん……?」

 その言葉に、ぶーちゃんを除く全員が、顔を見合わせてうなずいた。

 

 千砂は食器棚から6枚目の取り皿を出して、いちばん甘そうなスイカをのせると、誰もすわっていない上座に置いた。

 

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