かきがら掌編帖

10年あまり通っていた童話教室で「宿題」として書いたものに加筆修正して載せています。

16番の下足箱

 天に向かってまっすぐ伸びた煙突を目当てに、圭太は道をさがしていた。

 

 社会人になってから3年半、いよいよ会社を辞める決心をして、ワンルームのマンションからユニットバスもついていないアパートに引っ越してきたばかりだ。

 近所に銭湯があるのはわかっていたし、家賃は半分以下になる。

(ただ寝に帰るだけの部屋だから、これで十分だ)

 来月から圭太は、後継ぎのいない遠縁の職人に弟子入りするのだ。

 

 タオルと石鹸の入ったポリ袋を手に、日暮れの町に出る。

 いりくんだ路地を歩いていくと、やがて銭湯の入り口が見えてきた。

 

(ここ、むかし百じいと行ったお風呂屋さんにそっくりだ!)

 圭太は思わず立ちどまった。

  宮造りの屋根、藍染めの暖簾、履き物をぬいであがる板の間、そして、壁一面に番号をふった下足箱が並んでいる。

 幼いころ、祖父と通った銭湯が、そのまま目の前に現れたようだった。

 

「俺は百まで生きる」が口癖で、まわりから「百じい」と呼ばれていた祖父は、圭太をとてもかわいがってくれた。

 いっしょに銭湯へ行くと、百じいはいつも16番の下足箱に、自分の下駄と、圭太の運動靴をしまった。

 16は、「巨人軍の川上」という、圭太が生まれるはるか前に大活躍した野球選手の背番号だ。たまに16番がふさがっていると、ムッとした顔になった。

 

 ふたりで背中の流しっこをするのが楽しかった。

 祖父の背中には、肩甲骨の内側にそって、長い傷跡があった。若いころ肺結核に罹って、大手術をしたのだという。

「今なら薬で治る病気だが、昔は、ろっ骨を何本も切ってしまわんと助からなかったんだよ。麻酔もたいして効きはしなかったから、そりゃあ大変だった」

 手術を終えた患者は、ベッドの枠に固く結びつけられた手ぬぐいをにぎりしめて、痛みにたえるしかなかった。

 話を聞いてふるえあがる圭太に、

「まあ、俺は手ぬぐいじゃなくて、看護婦さんがずっと手をにぎっていてくれたけどな」

「おじいちゃんだけ、どうしてなの?」

「そりゃあ、俺が男前だったからだよ」

 

 この話、何回聞いたことだろう。百じいのお気に入りの話は、圭太もくりかえし聞いてあきなかった。

 

 銭湯には四角い大きな湯船があって、広くて浅い部分と、狭くて深い部分に仕切られていた。狭いほうのお湯は熱く、江戸っこの祖父は必ずそちらへ入った。

「年をとったら熱いお湯はよくないって、おばあちゃんが心配してたよ」

 圭太が注意しても、

「つかる前に、ちゃんとかけ湯をしておけば大丈夫だ。それに、こんなのは熱いうちに入らん、ぬるま湯だ。いいか、軍隊でも、俺の熱い湯好きは有名だったんだぞ」

 と、やせた胸を張った。

 

 軍隊では、銭湯のような風呂場があって、階級の偉い順から入ったそうだ。

 祖父たち新兵は、いちばん後の方、よごれてぬるくなったお湯にしかつかれなかった。

 けれど、わかしたての風呂は、上半分がかなり熱くなっていても、底の方はまだ水のままだったりする。大きな湯船なので、外に立ってかきまわしても、全体はまざりにくい。

 すると、上官から「行けっ!」と、お呼びがかかる。

 「そこで、俺が湯の中へとびこんでな、歩きながら両手両足をつかってかきまわしてやるのさ。おかげで、一番風呂にはつかれるし、上官にはほめられるしで、いいことずくめだった」

 そんなふうに、自慢していた。

 

(百じいは、ほんとに偉かったなぁ)

 圭太は天国の祖父に、胸の内で語りかけた。

 

 肺結核の手術も、戦争や軍隊も、圭太には想像もつかないほど過酷なことだ。

 それなのに、看護婦さんがやさしかったとか、熱い湯好きが役に立ったとか、明るい顔で話していた。幼い圭太にはわからなかったけれど、不運や苦労を笑いとばす底力を、祖父は持っていたのだ。

 

(会社を辞めて、新しい道に進むこと、ほんとは不安でたまらないんだ。でも、ぼくだって百じいの孫だ。きっとどこかに、同じ「底力」を受け継いでいるよね?)

 

 圭太は銭湯の暖簾をくぐり、16番の下足箱をさがしはじめた。 

 

 

 

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